PLATFORUM

第一部 基調講演2
本から広がる、その土地に根付いた場所づくり
株式会社ひらく取締役・文喫事業部長
武田建悟氏

社会連携フォーラム PLATFORUM 2024

「ゆるくつながり創り出す-リアルな場に集うことの価値-」をテーマに2024年11月28日(木)に開催したPLATFORUM。株式会社ひらく取締役であり、文喫事業部長の武田建悟氏をお招きし、本から広がる場づくりの可能性や地域に根付く場のつくり方について、ビジネスの観点を踏まえてお話していただきました。

「本」から派生するコンテンツの
可能性を広げ、事業を多角化

僕は日販という本の取次会社で、文喫という本屋のプロデューサーをしています。また、日販の子会社である株式会社ひらくの取締役として、本を使った場づくり・機会づくりもしております。今日は出版業界全体の話から、僕がやっている事業の話までさせていただきたいと思います。

まずは、日販グループホールディングス株式会社という会社についてご説明します。日販は、出版社から本を仕入れて、書店に卸す事業を祖業としています。本屋以外にも、コンビニですとかいろいろなところに出版社から書籍や雑誌を取り次ぐのが僕らの生業です。ただし、本を取り次いで販売するだけでは商売として成り立たなくなってきたのが現実でして、小売やエンタメなど事業を多角化したのが、日販から日販グループホールディングスになった理由です。

事業内容を紹介しますと、まずDULTON(ダルトン)という雑貨の小売をやっていまして、住宅も手がけています。名古屋ではイオンモールNagoya Noritake Gardenに店舗が入っています。

コンテンツ事業では、FUNGUILD(ファンギルド)というサービスで、電子出版物を販売しています。紙の出版物が厳しいので、「日販さん大丈夫?」と言われることもありますが、もちろん僕たちも電子書籍や電子コンテンツを生み出して海外に輸出をするコンテンツビジネスを手がけています。

エンタメ事業としては、日販セグモというグループ会社をつくり、パンのフェス、文具女子博などを主催し、今では累計50万人とか100万人を集めるキラーコンテンツとなっています。また、パンシェルジュ検定、日本城郭検定といった検定もやっています。出版物を扱っていると、コンテンツをもっている方々とつながることができ、そのコンテンツを体験というビジネスに変換させていただいている事業です。

さらに、神奈川県の強羅にあるブックホテル箱根本箱の経営や、日本緑化企画というランドスケープやオフィスへのグリーンレンタル事業もしています。これらの事業も、自分たちのもっている本というコンテンツの可能性をどう広げていくかということで、事業を多角化しています。

日販グループホールディングスは、「人と文化のつながりを大切にして、すべての人の心に豊かさを届ける」ということを経営理念にしています。いろいろなことをやっているようには見えますが、本を扱ってきた必然として、そのつながりによっていろいろな仕事をやらせてもらっています。

出版不況のなかで、
生活者と接点を広げるための場づくりを

出版業界を取り巻く環境についてお話しすると、まず出版物の推定販売金額は1996年には2兆6,000億あったものが、2022年には半分ほどに落ち込んでいます。僕たちの大事な取引先である書店の数は、2003年には2万880店舗ありましたが、ここ20年で約半数になっています。若者の本離れが加速しているといったネガティブなニュースもあり、僕らは新規事業をやらざるを得ない状況の中で、新しい会社をつくり、新しい事業をやっているという背景があります。

出版物も書店も減少していくなか、市場や本を楽しむことの視野を広げる道しか残されておらず、生活者との接点を広げるために場づくりをしているということです。本の取次という真ん中の立ち位置ではなく、流通の川下に降りていき、生活者と直接的に触れ合い、さまざまな声を聞く場をつくるために文喫を立ち上げています。

本をフックに場づくりに挑み、
変化を続けて、前に進む

文喫を立ち上げる前にもさまざまな取り組みをしてきました。高円寺にある文禄堂という書店は、元々あった日販グループの書店をリノベーションし、ブック&カフェとしてオープンしました。リノベーションしてカッコよくなったのですが、なかなか人は集まりません。経営をしているのは別会社で、僕たちはプロデュースという立場で事業をやっていたこともあり、上手くいきませんでした。

ファーストリテイリングの有明本部オフィスにライブラリをつくるというプロジェクトも手がけました。とても素敵な空間で、R&D(Research and Development)機能が集約されており、本を生かして撮影のアドバイスだとかいろいろなことができます。かっこいいのですが、商いとして需要があるかといわれると難しく、余力のある企業でないとしんどいのではないかと思います。

2018年には、箱根の強羅に箱根本箱という宿をオープンしました。日販の保養所があった場所で、クローズして他社に売却するという選択肢もありましたが、会社のシンボリックな場所で、自分たちがもっている本を使ってこれからの時代を切り開いていくことを表現しようと、箱根本箱をつくりました。稼働率は80%を超え、客単価も高く優秀ですが、運営オペレーションを他社へ委託していることもあり、僕たちと生活者が直接接点を持つ機会は多くはありません。

文喫は箱根本箱と同じ2018年に、入場料のある本屋として設立しました。元々は僕たちがプロデュースして運営は書店さんに委託していましたが、自分たちでやらないと感覚のズレが生じたり、気づけないこともたくさんあると感じまして、新たに株式会社ひらくという企画会社をつくり、自分たちで運営するという選択をしました。

これまでさまざまな試みを繰り返して気づいたのは、他人のふんどしで相撲を取るだけでは成長はないということでした。日販という会社の中で新規事業を立ち上げ、プロデュースという立場で関わって経営を委託すればリスクは少ないですが、未来はないのではないかと考え、株式会社ひらくを設立したのです。

ただし、新規事業を成り立たせるには時間がかかりますし、日々変化しながら続けることでしか前に進めません。文喫は立ち上げてから6年ほど立ちますが、本当に毎月違うことやっています。大変ですが、それこそが価値だと思っていて、常に世の中の人たちを見ていくことでしか事業は成長しないと感じています。

入場料で収益性を高め、
体験に付加価値をもたせる文喫

株式会社ひらくは、「場と機会をつくり、うれしい時間を提供する」を企業理念に、文喫事業、場づくりのプロデュース事業、公共の場づくりという3つの事業をやっています。文喫は、書店ビジネスが厳しさを増す中で、新しい形の本屋をデザインし直さなければならない、本が好きな人、本を楽しむ人を増やしたいという思いからはじめました。2018年に六本木からスタートし、2021年には福岡天神、そして2024年には新しくなった中日ビル内の2階に文喫 栄をオープンしました。

本と触れ合うとき、「本と知り合う」→「本に惹かれる」→「本をたしなむ」→「本を買う」→「その後」というプロセスがあります。決めうちで「本を買う」のであれば、在庫を多く抱える大型書店やネット書店を利用すればいいですが、文喫が狙っているのは、「本と知り合う」→「本に惹かれる」→「本をたしなむ」の部分。知り得なかったものに出会ったり、思いもよらぬ気づきがあったり、リアルな書店ならではのプロセスの部分に付加価値をつけ、入場料という仕組みを採用することで商いとして成立させています。

入場料はエリアや平日休日で異なりますが、六本木で最初に設定した価格は1日1500円。これは、本1冊分、映画一本分の設定で、映画を1本見るような感覚で文喫を楽しんでもらいたいと思っています。もしくは、フリードリンクのコーヒーを3杯飲んだら元が取れるという値段設定です。入場料はそのまま粗利になりますので、利益に大きく貢献してくれる要素になっています。

本の販売はとても利益率が低いんです。1000円の本を売ったときに手元に残る粗利は220円ほど。そこから人件費や家賃、水光熱費などが差っ引かれます。低い利益率で商いをしないといけないとなると、量を売る必要がある。ですから、どこの書店さんも同じようなヒット作や話題書がラインナップされているんです。ですが、入場料を設定して体験に対して対価を払っていただければ、書店員さんが丁寧に選書した本に出会うことができます。また。「入場料をせっかく払ったから」と、本を購入するフックにもなっていると思います。

文喫は空間の多様性も担保しています。人は何時間も同じ場所にいられないので、集中できる場所、だらっとする場所など、いろいろな居場所をつくれるようにして、本との出会い方を変え、本を選ぶ時間に価値をつけ、バリューを発揮できるようにしています。

文喫 栄は名古屋の文化に根ざしたいと思い、「大喫茶」とうたっていて、370坪ある大きな空間に本とゆっくり向き合える空間、名古屋らしい喫茶メニューを楽しめるエリア、久屋大通公園に面した開放的なカフェゾーン、そしてコワーキングスペースという4つ場所があります。カフェゾーンでは岡崎市の「TERAKADO COFFEE」さんに出店していただきクレープの販売をするなど、地域の企業をアサインして一緒にこの場をつくっていきたいと思っています。インテリアは岡崎市の中日ステンドアートさんのステンドグラス、常滑市の水野製陶園さんのタイルなどを使い、その土地のエッセンスを空間に表現することを大切にしています。

場をデザインして、
ビジネス、そして地域や世界へつなげていく

場をつくっていると副産物があります。いろいろな企業やクリエイター、作家さんからコンテンツが集まってくるのです。例えば、イラストレーターさんの原画展をやらせてもらったり、アートの展示販売をしたり、いろいろな物語に紐づくものが僕たちのところに集まってきますので、場をつくることの影響は大きいと感じています。

文喫を飛び出したところでも場づくりをしていまして、例えば、静岡県の長泉町というまちで、出張文喫というイベントをやりました。駅前のコミュニティセンターでやったのですが、ここは普段人が全然集まらない場所でした。そこに対して、本を使ったら人が集まるのか、賑わいは生まれるのかという社会実験をまちの予算を使ってやった事例になります。本を販売するのではなく、本を読む場所をつくったり、読み聞かせをしたり、子どもたちが思い思いに遊べるおもちゃを用意したり。やってみるとたくさんの人が集まりました。場に本があることをきっかけに、人を集めていろんなことができると感じた取り組みでした。これをきっかけに、長泉町と「本を起点としたまちづくりに関する包括連携協定」を結ばせていただき、ブックフェスを企画するなど取り組みは続いています。

都心での事例としては、原宿にある商業施設「ハラカド」に雑誌の図書館をつくりました。雑誌をフックに人を集めるという試みです。海外での事例としては、マレーシアにある十割そばの店の企画展スペースをプロデュースしています。日本のクリエイターさんやメーカーさんの作品を展示するなどして、ものづくりのストーリーやメッセージを海外に向けて発信しています。

最近では、下関にブックホテルを開業しました。チェーン店がずらりと並ぶ絵に描いたような郊外のロードサイド沿いに、1、2階が本屋、3階より上がホテルという場所をつくりました。地域に文化的な場所をつくりたいという地元の企業さんと手を組んで僕らはプロデュースをしていますが、本がやはり人を集めるきっかけになっています。

僕は組織の人間ですし経営者でもあるので、人が集まる場をつくる際には、「ビジネスをどうデザインするか?」ということを意識しています。本屋という既存モデルにアート、カフェ、ホテルといった収益性のあるものを組み合わせて、それをどう表現するか、収益性をどこにもたせるのか。表現の仕方、デザインの仕方を、どうコンセプチュアルに世に発信していくかということが大事です。

下関のブックホテルは「泊まれる本屋」「夜の本屋」とうたっていますが、収益のウェイトは圧倒的にホテルです。原宿の「雑誌の図書館」は、広告やプロモーションといったBtoBのビジネスです。表現の仕方とビジネスはうまくバランスをとりながらやっています。そうやって場をデザインし、人が集まって、そこにまた思いもよらないコンテンツや人が集まってくる。それを、自社のビジネスとしてだけでなく、地域や世界につなげていくのが僕たちの場づくりではないかと思います。

(ゲストスピーカー)
武田建悟氏 株式会社ひらく取締役、文喫事業部長

2011年日本出版販売株式会社に入社。新規事業部の設立時から、様々な企画や場づくりを担当。2018年入場料のある本屋「文喫 六本木」をオープン。2021年には百貨店カルチャースクールとの新業態「文喫 福岡天神」を手掛ける。2024年、名古屋市の商業施設中日ビルにて「文喫 栄」を開業。その他、企業ライブラリ「READING ROOM」、原宿ハラカド雑誌の図書館「COVER」、下関ブックホテル「ねをはす」などの案件を手掛ける。コンセプト開発やビジネスモデル設計といった企画プランニングから、プロジェクト全体の進行管理を行い、様々な外部企業の企画・プロデュースを担当。