PLATFORUM
第一部 基調講演1
ゆるやかに人が出会えるまちとそれを生み出す7つのルール
カフェ文化、パブリック・ライフ研究家
飯田美樹氏
社会連携フォーラム PLATFORUM 2024
「ゆるくつながり創り出す-リアルな場に集うことの価値-」をテーマに2024年11月28日(木)に開催したPLATFORUM。カフェ文化やパブリック・ライフについて研究している飯田美樹氏をお招きし、公共空間での出会いや関わりの場の重要性と、場を生み出すための7つのルールについてお話していただきました。
人が幸せに暮らすまちには、
インフォーマル・パブリック・ライフがある
私は自由に生きるための知の還元をテーマに活動しています。その中で、本日はインフォーマル・パブリック・ライフについてお話しさせていただきます。
今年、『インフォーマル・パブリック・ライフ-人が惹かれる街のルール-』という本を出版しました。この本を書くに至ったきっかけは、2008年に『カフェから時代は創られる』という一冊目の本を書いた後に遡ります。子どもが産まれて専業主婦になり、京都市郊外にある洛西ニュータウンに引っ越すことになりました。出身は横浜ですので地縁はありませんが、まちに適応して楽しもうと、ベビーカーをひいていろいろな場所に出かけていきました。児童館にも行きましたし、ママサークルにも入りましたが、日増しに孤独は深まり、気づくと涙が出るということが増えていきました。
八方塞がりのなか、先生方から勧められて社会学者レイ・オルデンバーグ氏の著書『The Great Good Place』を読んだところ、本の中に予期せぬ出会いがありました。それは、アメリカの郊外に住む専業主婦たちも私とまったく同じ孤独を抱えていたことです。オルデンバーグ氏は、孤独なのはアメリカにはインフォーマル・パブリック・ライフがないからだと書いていました。人は「家庭」と「職場」、「公共空間での出会いや関わり」の3つの柱で精神的なバランスをとっています。ところが、現在のアメリカ社会にはインフォーマル・パブリック・ライフが欠けているため、家庭と職場だけでバランスを取ろうとし、家庭は崩壊し、職場は苦境に陥っているというのです。
インフォーマル・パブリック・ライフとは何かと言いますと、広場、公園、川縁といった場所です。サードプレイスとは少し異なります。サードプレイスはカフェのように入場するのに多少のお金がかかる場所です。誰でも無料で入れるインフォーマル・パブリック・ライフの中核に、サードプレイスとなるカフェなどがあるのが理想の形です。
インフォーマル・パブリック・ライフの要件は、「朝から晩までどんな時間でも人がいる」「誰にでも開かれており、誰しもがそこでゆっくりすることが許される」「あたたかい雰囲気があり、一人で訪れても、誰かと一緒にいるような安心感がある」「行くと気持ちが少し上向きになる」「人々がリラックスしてくつろぎ、幸せな表情をしている」などがあげられます。人の前向きで幸せなエネルギーで満ちていて、しばらく過ごしていると、さっきまでの悩みごとが消えていく。自分の知っている狭い世界がすべてではなくもっと広い世界があるのだと、誰かと言葉を交わさなくても前向きな気分になる。それがインフォーマル・パブリック・ライフだと思っています。
例えば、ベネチアのサン・マルコ広場。夜まで生演奏が繰り広げられ、音楽を聴きながら佇む人、オープンカフェでお茶を飲む人がいて、子どもたちも走り回っています。ニューヨークのブライアント・パークは、1970年代は麻薬の取引所として有名でしたが、公園の手入れをし、今では都会のオアシスのようになっています。パリでは夏の間1ヶ月半ほどパリ・プラージュが開かれ、セーヌ川沿いやウルク運河沿いに砂浜の砂を敷き詰めてバカンス気分を味わいます。フランスのディジョンは、広場から自動車を追い出してたくさんのオープンカフェをつくっています。
インフォーマル・パブリック・ライフを生み出すルール1
「エリアの歩行者空間化」
インフォーマル・パブリック・ライフをどうやったら生み出すことができるのか、7つのルールをお伝えします。1つ目のルールは、「エリアの歩行者空間化」。
日本には歩行者空間が非常に少なく、私たちは自動車が通る道に日々危険を感じています。車道では、大事なものを落としたら車に潰されてしまいます。拾いに行くと命が危ないので行きません。バイパス沿いの通りは、音がうるさくて会話もなかなかできません。子どもや高齢者は通ること自体を避けるでしょう。道幅の狭い旧街道は自動車や自転車が通ると危なくて、道の向かい側に面白い店があっても、立ち寄ることはできません。渋谷のスクランブル交差点は、自動車が通る必要はほとんどないにもかかわらず、自動車が通るための時間を歩行者が通るための時間の半分ほど設けています。ですので、赤信号になって必死に交差点を渡るという状況が毎回起こります。
インフォーマル・パブリック・ライフの活性化とクルマ社会からの脱却は両輪であって、世界の先進的な都市では両方一緒に進められています。日本ではクルマ社会の問題があまり認識されておらず、まちづくりだけを頑張ろうとする傾向がありますが、それではうまくいきません。クルマ社会は遠心力が働き、中心地が閑散としてしまいます。自動車への依存度とシャッター街の度合いは正比例するのではないかと思います。東京や神奈川では、シャッター街はほとんどありませんが、自動車に依存する地方都市の中心地は人がほとんどいません。逆に公共交通が整備されている地方都市、例えば高松や熊本のまちなかは、平日でも人で賑わっています。
ニューヨークは自動車だらけでしたが、歩行者空間化することで道が広場化しました。先ほど例にあげたフランス・ディジョンでは、歩行者が道の真ん中を通れるようにしたことでゆったりとした雰囲気が生まれ、斜め横断して店に立ち寄ることができるようになりました。ウィーンでもまちの中心から自動車を追い出す施策をやっています。
では、日本の歩行者空間はどんなところかと言いますと、浅草の仲見世、原宿の竹下通り、上野のアメ横、築地の場外市場、地方都市のアーケード街、京都の寺町、新京極、錦市場、そして地下街などがあげられます。共通しているのは、インバウンドで非常に賑わっていること。歩行者空間化することで、目的地となり、賑わう価値のある場になるのです。
インフォーマル・パブリック・ライフを生み出すルール2
「座れる場所が豊富に用意されていること」
人の継続歩行距離は400〜500mと言われており、人は歩くと疲れます。座れる場所が用意されていると休息できて、もうちょっとエリア内を歩いてみようという気になります。逆に休息できる場所がないと、ネガティブな印象になり、次は訪れたくないと思ってしまいます。
都市開発に従事するヤン・ゲール氏はこう言っています。「座れる場所が適切に用意されていることは、公共空間にとって大切な意味をもっている。人は座る機会があってはじめて、落ち着いて時を過ごすことができる。この機会がわずかしかなかったり貧弱だったりすると、人々はそのまま通り過ぎてしまう」。滞在してもらえる場所になるには、イスを用意して、あなたはそこにいていいですよとデザインで示すことが大事です。
日本は、東京をはじめ座れる場所が少なく、まちに出ると休息が難しいと感じます。先ほどあげた日本の歩行者空間は、賑わいの点では素晴らしいですが、休息できる場所はありません。浅草の仲見世は、食べ物を売っている場所はたくさんありますが、座って食べることはできません。築地の場外市場も座れる場所はありません。それに対して、日本の商業施設は座れる場所の重要性をよく知っています。たまプラーザ テラス、東京ミッドタウン、GINZA SIXなど、商業施設にはたくさんの座れる場所があり、そこで人は結構長い時間を過ごしています。
他国を見てみると、行政が座れる場所を増やしている事例があります。ニューヨークのブライアント・パークは、周囲の行政区画と組んで可動式のイスを4000脚ほど置いています。パリのリュクサンブール公園にも可動式のイスが多くあります。ヨーロッパでは、座るから寝そべるへの流れがあり、まちなかに寝そべることができるスペースがあり、リラックスする姿をさらけ出すのは普通のことになっています。
インフォーマル・パブリック・ライフを生み出すルール3
「ハイライトの周りにアクティビティを凝縮させる」
ハイライトとは、地名を言われた時に人の心に思い浮かぶ場所のことです。パリのエッフェル塔や凱旋門、ベネチアのサン・マルコ広場、ニューヨークのタイムズスクエア、渋谷のセンター街やスクランブル交差点などです。
ハイライトは新しくつくることもできます。例えばイタリアのヴェローナには古代の円形闘技場があり、夏の間は野外オペラを上演しています。毎日演目が違いオーケストラも豪華で、世界中の人が見に来ます。夜12時過ぎまでやっていて、来場者はヴェローナのホテルに泊まり、お金を落としていくことになります。オペラの上演後は、夜1時でもカフェが賑わい、オペラ劇で死んだはずの女優が蘇って大きく手を振り、観衆はブラボーと言いながら一体感を楽しみます。
日本ではハイライトとして、六本木ヒルズ、代官山T-SITE、二子玉川ライズなどの大規模開発の例があります。パリではカフェ・ド・フロールやドゥ・マゴといった個人経営のカフェが、ハイライトとして機能しています。象徴的な場所が思い浮かばない場合は、交通の便がよい広場などをハイライトとしてつくり上げることも可能です。
ハイライトの周りにアクティビティを凝縮させるというのは、善光寺の門前町、浅草寺と仲見世、清水寺と二年坂、五条坂のようなイメージです。ハイライトは強力な磁場であり、わざわざやってくる人がいて、その周辺に小さな店を凝縮させることで全体が賑わいます。
インフォーマル・パブリック・ライフを生み出すルール4
「エッジから人々を眺めていられる」
エッジというのは、教室の隅とか、枠で囲った縁の部分のこと。ハイライトを中心としたエリアのエッジに人を眺めていられる場を配置しましょう。なぜかというと、人が集まりはじめるのはいつもエッジからなのです。今日も教室の後ろの方にたくさん人がいらっしゃいます。人が集まるときはエッジからで、真ん中から埋まることはありません。
イタリアのチンクエ・テッレの例を見ても、人は海にはおらずエッジ部分にたくさんいて、エッジから海で起こっていることをなんとなく眺めています。人は人の活動を見ていたいという習性があるのです。TikTokはその典型で、人は動いている人を見てしまうものなのです。きれいな植物や自然より、人の活動に引き寄せられて、人が集まるところにまた人が集まるというのが鉄則です。
日本は園芸好きの方が多く、園芸ボランティアが通りを手入れしたりしますが、そういう通りには実際は人があまり歩いていません。それに対して、エッジから人のアクティビティを眺められる場所をつくると、空間全体に賑わいのある居心地のよい場所になります。パリのカフェにしても、エッジにテラスがあり、道行く人を眺めながらお茶する場所になっています。
インフォーマル・パブリック・ライフを生み出すルール5
「歓迎感のあるエッジをつくる」
エッジを単なる白い壁にするのではなく、例えば店の外に商品を陳列したり、店員さんが中から声をかけたり、閉店時でもショーウィンドウの明かりがついていたりすると、通りすがりの人を歓迎していることが伝わるサインになります。イタリアのカプリでは、通りを歩いていると手に取れそうなところに商品が陳列されていて、お店の方が気さくに声をかけてくれます。
エッジのデザインは大事ですが、人が見る範囲は自分の目線と並行くらい、つまり1階部分とその上下程度で、3階、4階までつくり込む必要はありません。1階がデザインされていると、人はそこをよい場所だと思う傾向があります。東京・丸の内はうまくいっている例ですが、たくさんの街路樹が2階ほどの高さまであります。丸の内ブリックスクエアにはカフェテラスがあり、利用した人は「公園みたいで気持ちがいい」と言います。でも実は、見上げてみると高層ビルの足元のみがデザインされています。
無機質なエッジだと、歩行者はめんどくさがって通るのを避けたり、早足に通り過ぎます。例えば新宿の動く歩道。600メートルほどあって周りに何もないので、歩くのが苦痛になります。新宿西口すぐの通りも閑散としています。日本で一番乗降者の多い駅にも関わらず、エッジに面白みがないので人が集まらないのです。
インフォーマル・パブリック・ライフを生み出すルール6
「朝から夜まで多様な用途の混合」
住宅や商業施設、オフィス、公共施設など、異なる用途をもたせるミクストユースも大事です。用途が単一だと、虎ノ門のオフィス街のように週末は開いている店を見つけるのが難しく、あるときはものすごく人がいて、あるときは全然いないといったことが起こります。時間帯ごとの極端な利用の隔たりはなくすべきだと言われています。多様な用途を混ぜ込み人が集まる時間帯をずらすと、朝から晩まで人がいる場所になります。
ミクストユースに成功しているのは六本木ヒルズです。映画館、ホテル、住宅、オフィス、レストラン、ショップ、美術館のすべてがあり、いつでも必ず人がいます。イタリアやフランスでは、広場にあるオープンカフェがミクストユースの役割を果たしています。日本のファミレスのように朝ごはんも昼ごはんも、夜ごはんも食べられます。朝8時から夜11時くらいまで開いていて、いつでも行くことができます。空間にも多様性があり、カウンターに数分滞在してエスプレッソを飲むこともできますし、テラスで数時間のんびり過ごすこともできます。
インフォーマル・パブリック・ライフを生み出すルール7
「飲食店の存在」
街路に飲食店があるのも大事です。飲食は人の根源的な要求で、圧倒的な潜在的顧客がいるからです。温泉街によく売っている木製品や下駄、貝殻に比べて、飲食は国籍、老若男女を問わず共通する欲求です。温泉まんじゅうを販売していると、あなたを歓迎していますという分かりやすいサインになります。ちょっと試してみようという気持ちが沸きやすいですし、食べている人がいると、「私も買ってみよう」という気持ちになります。
イタリアやフランスには広場がたくさんありますが、飲食店がないと寂しい印象になります。ローマにはミケランジェロがつくった有名なカンピドーリオ広場があります。美しい広場ですが、飲食店がなく、よそよそしい雰囲気になっています。飲食店があると見た目の印象はだいぶ違いますし、人が楽しそうに喋っていると、仲間に入れそうな気持ちになります。
7つのルールをすべて内包する、
オープンカフェを日本に増やしたい
オープンカフェというのは、この7つのルールをすべて内包する小宇宙のような存在です。日本に圧倒的に足りていないものがあるとしたら、それはオープンカフェではないでしょうか。
いきなりオープンカフェをはじめるのは難しいかもしれませんが、コーヒースタンドを出して可動式のイスを置くだけでも、その場の雰囲気は変わり始めます。ぜひ実験的に場をつくり、「雰囲気が変わった」「人の流れが変わった」というのを実感してみてください。
私は20年ほどカフェ文化を研究していますが、カフェは人が普段言いにくいことも言ってみよう、ちょっと勇気を出して自分の想いを語ってみようとする場所だと思っています。必ずしもコーヒーを飲める必要はなく、オンラインでもカフェのような場はつくれます。そんな、人が自由に語り合える場をもっと増やすために、私はこれからも活動していきたいと思います。
(ゲストスピーカー)
飯田美樹氏 カフェ文化、パブリック・ライフ研究家
早稲田大学在学中に、環境活動をする若者が集う場づくりを通じて、社会変革の場とは何かに関心を抱く。交換留学でパリ政治学院に行ったものの、世界のエリートたちとの圧倒的な差を感じ、避難所としてのカフェに1日3回通う。その頃、パリのカフェは社会変革の発端の場であったと知り、研究を開始。帰国後、京都大学の大学院で研究をすすめ、2008年に『カフェから時代は創られる』の初版を出版。その後、郊外のニュータウンでの孤独な子育て経験から、人が気軽に集まり気分が上向きになるインフォーマル・パブリック・ライフの重要性に気づき、研究を開始。現在はパリのカフェのように世界の知に触れ、語り合える場を創ろうと、人生を変える英文読解 ”World News Café”や、世界を目指す人のための国際教養講座をオンラインで開催。