PLATFORUM
たった一人からはじめるイノベーション入門
~イノベーションを起こすチームのつくり方~
中部・愛知エリアの共創を加速する~REALIZE~」をテーマに開催したPLATFORUM。一人目のゲストスピーカーは、2018年のフォーラムにも登壇された竹林一氏。オムロン株式会社のイノベーション推進本部シニアアドバイザーでもある竹林さんは、共創を加速するチームと人材、組織開発手法などについて語りました。
「つなぐもの」「視座・視点の違い」が
イノベーションを生む
私は京都生まれの関西人です。「新しいビジネスは関西から出てくるんや」と、よく先輩に言われました。例えば、電気自動車、レトルトカレー、身近なところだと回転寿司。そういった新しいビジネスが関西からたくさん生まれました。
なぜ関西から面白いことがどんどん生まれてきたのか。一つは、ブラブラしたやつがたくさんいるからなんです。ブラブラしたやつは、雄しべと雌しべをつなぐ蝶々とかミツバチのような役割をします。つなぐ人、あるいはつなぐ場がないと、新しいもの、面白いものは生まれません。
もう一つは、視座・視点が違う。同じように戦うと、金を持っているやつ、力が大きいやつが勝つんです。今からGAFA に挑みますなんて無謀でしょ、挑まない方がいい。強いやつがルールをつくっているんですから。同じ土俵で戦うのではなく、視座・視点を変えることが重要になってきます。
よく自己紹介の時に話をするんですけれど、大阪の某企業の受付で名刺を差し出したんです。そうしたら、受付の女性が僕の名前「竹林一(たけばやしはじめ)」を見て、「これ伸ばすんですか?」って言うんです。何を伸ばすんやろうと思ったら、「たけばやしーですか?」って。そんなやつおらへんやろって(笑)。名刺に書いてある名前が「たけばやしー」に見えるっていう関西人の視点がすごいですよね。
イノベーションのポイントは、違うもの同士のかけ算
私がオムロンに入って手がけたのは、皆さんもよくご存じの鉄道のカードシステムです。マナカ、イコカ、スイカなどありますけど、1 枚のIC カードで全ての鉄道に乗れるシステムをつくりました。その後も新規事業開発や会社の立て直し、立ち上げなど、ややこしい案件ばかりやってきました。ややこしいことをやっつけても、よりややこしいボス猿みたいなのが出てきますからね(笑)。最終的に今は何をやっているかというと、オムロンのイノベーション推進本部でイノベーションが起こり続ける仕組みをつくっています。
まず、イノベーションとは何かという話です。オーストリア出身の経済学者・シュンペーターによると、新規事業だけでなく、新しい生産手段、販路開拓、新しい原料供給源の獲得、新しい組織の実現、それらはすべてイノベーションだと。面白いことを考えて、それを実現すればイノベーションなんです。そのポイントは「新結合」。「三人寄れば文殊の知恵」ということわざがありますよね。ですが、1×1×1 はどこまでいっても1。同じ業界、同じ会社の中で面白いことを考えろ、イノベーションを起こせといっても起こりません。ほかの人たちの知恵をいっぱい集めたら、新結合になります。「自分が持っているものの中で何を活用できるか、その掛け算が新しいものを生む」と、シュンペーターも言っています。
じゃあ、イノベーションを起こすのはどんな組織かというと、グループではなくチームです。グループというのは、同じ目標に向かっていく人たちが集まってくる。会社にはグループが多いですね。目標に向かってきっちりとやりきるのが得意です。一方でチームは多様性があります。いろんな人たちが掛け算して新結合を起こすから、チームのほうが新しいものを生みやすいんです。
チームに必要な起承転結の4 つの人材
じゃあ、どんな多様性のある人を集めたらいいのか。僕がこれまで事業を立ち上げて学んできた中で4 つの人材が必要だと思っています。それが、起承転結人材モデルです。
起:0 から1 を仕掛ける人材
承:0 から1 をN 倍化(10、100、∞)する構造をデザインする人材
転:イチをN 倍化する過程で効率化・リスクを最小化する人材
結:最後に仕組みをきっちりオペレーションする人材
「起」の人材はゼロイチで今までなかったことを考える人です。それを受けて、壁打ちしながらグランドデザインを描き、仲間を集めるのが「承」の人材。そこから事業計画をきっちり考えてマーケティングをして、リスクを捉えるのが「転」の人材。そして、「結」の人材がきっちりとやり続ける。
この4 つの人材は、担っている領域・得意分野が違います。起承はイノベーション。やりながら考えて、トライアンドエラーをする人。転結はオペレーションをきっちりできる人。これはどちらも大切です。
起承と転結のバランスと、巻き込まれ力がカギ
日本企業は起承と転結のバランスがよかったんです。起承は創業者、転結は番頭さんです。例えばトヨタの豊田佐吉・喜一郎さんに対して石田退三さん、ホンダの本田宗一郎に対して、藤沢武夫さん。バランスがうまいこと取れていたんですが、創業者の方がおられなくなって番頭さんばかりになるとうまくいかない。だからもう一度、起承の人材を育てないとあかんのです。
マネジメントも起承と転結では違います。起承の人は目標自体を決定する。転結の人は決まった目標をきっちり管理してやっていく。プログラム開発をする際にも、この2 つのモードがあります。転結は、例えば自動改札機のシステムとか、銀行のオンラインシステムとか、要件と期限をきっちり決めてつくるのが得意。起承は、アジャイル型とか、リーン・スタートアップの方式。何をやっていいか分からへんから、やりながら考える。この2 つのモードをうまくコントロールしていくことが、新しいことをやっていくのに重要になります。
転結は武士の文化と言われています。失敗したら切腹せなあかん。だから切腹しなくていいように社内の制度をつくり、リスク管理します。起承は忍者の文化です。やり方を考える人だから、切腹したらあかん。この二つの文化がとっても重要なんです。新しいことを起こす忍者の起承、武士の転結です。忍者ってイノベーターやなと思っていたら、「ニンジャ・イノベーション」っていう本が出ているんですね。外国人で全米家電協会会長のゲイリー・シャピロという人が書いています。
こんな話をしていたら、「竹林さん、人を巻き込むだけがポイントじゃないですよ」という人が現れました。関西学院大学で研究をしている谷口千鶴さんという方です。彼女は、巻き込まれるのも大事と言っています。「夢を語って巻き込もうって言いますけど、実は巻き込まれるのも大切なんですよ」と。確かに巻き込まれる人がいないと新しい事業は立ち上がりませんから、面白いことを考える人の近くにいるという作戦もあるんですよね。そのためには、徹底的に自己開示して、自分が何をしたいのか、好きなことを見つけておく。あとは暇そうにニコニコしておくといいですね。
僕は今までいろんな事業を立ち上げてきましたけど、よく考えてみるとゼロイチで思いついたというより、全部誰かに巻き込まれているんです。だから、皆さんイノベーションは1 人で始めるんですけれど、起承転結人材とチームになると、いろんなことが起こりはじめます。僕はこれが共創の原点だと思っています。
新事業・共創を生む「エフェクチュエーション」
じゃあ、チームで集まったら何をするのかという話です。僕が出会ったのは、エフェクチュエーションという理論。インド人経営学者のサラス・サラスバシー先生が何度も新しい事業を立ち上げる連続起業家の思考プロセスを研究したものですが、これが面白いんです。
従来型は、コーゼーションです。きっちりマーケットリサーチして、競合分析して、事業計画を立てる。それに対して、連続起業家や起承人材の皆さんがイノベーションを起こすときにしているのがエフェクチュエーションです。
最初に手段を評価する。つまり「自分は何者やねん、何を持っているねん」と。ないものねだりをしてもしょうがないんで、私にはこんな仲間がいますとか、こんなことが得意ですとか。自分に何ができるのかから始めると、そのうち私はこんなことができるという人が現れて、相互作用が生まれる。そうすると、また新たなゴールが出てきたり、新たな手段が使えるようになる。これをぐるぐる回していくうちに、だんだんやりたいことが明確になってくるんです。僕もこれをやっていました。
表ではコーゼーションの論理で、マケットリサーチしてこれくらい儲かりますなんて言いますけど、実際に儲かるかどうかなんて分からない。でも、出会う人に「私はこんなことできます」って言っていたら、共創が起こってまた違うゴールに向かって歩いてい
ける。これを知っておくと、一歩を踏み出しやすいです。エフェクチュエーションの行動原則が5 つありますので、これだけでも覚えていただけたらいいです。
まず、「手中の鳥」の原則。自分が何者かを知ること。ないものをねだるより、あるものを活用する。もう一つは「許容可能な損失」の原則。学生さんだったら、いきなり金を集めてビジネスをやるよりも、このぐらいの時間なら持ち出せるなとか、このぐらいなら支援してもらえるなというところからはじめる。「クレイジーキルト」の原則は、いろんな人を集めてゴールを目指す。「レモネード」の原則は、何かやったときに起こるマイナス要素をプラスに変えること。「飛行機の中のパイロット」の原則は、臨機応変な行動をすること。
関西人的には「5 つの“な”」と言います。「“な” にものであるか、“な” んぼまでの損なら許せるか、“な” かまを増やす、“な”にが起きてもプラスにする、“な” んとかできることに注力する」。これをぐるぐる回していったら事業は立ち上がっていきます。
いろんなことを成功させる人はこれをやっています。
“目の前のわら” を持って歩き始めよう
皆さんは、最初の「手中の鳥」から考えてみてください。なんでもいいんです。今日来ているゲストと名刺交換すれば、それは既に一つの資源ですからね。学校にもいい先生がおられますよね、それも資源です。大学という場をもっていることも資源なんですよ。
エフェクチュエーションの話ってどこかで聞いたことあるなと思ったら、日本昔話の「わらしべ長者」と一緒なんです。わらをもって歩き始めたら、裕福な長者になったって話ですよね。わらを持って歩かなかったら、なにも起こらなかった。
あるとき京都大学の先生が、「何でわらしべ長者は成功したと思いますか?」という議論をふっかけてきたんですね。これ、皆さんも一度自分で考えてみてください。ある先生がちゃんと調べてくれたんですが、実は「わらしべ長者」は、観音様が夢まくらに出てくる前に貧しくて倒れたんです。それで、「なんで俺はこんなに貧しいんだろう」「どうやったら貧さから逃れられるんだろう」と考え続けたんです。そして、自分が何を持っているか、何をやってみたいのか分かってきたときに観音様が現れたんです。つまり自分のわらが何かを考えて、それを持って歩き出すことが重要なんです。そうすると、いろんな人に出会って価値がどんどん変わっていきます。
わらしべ長者のような事例を集めた、「竹林一の『し~チャンネル』」というYouTube もやっていますので、皆さんこのチャンネルを押さえたら成功できると思います(笑)。
最後に、戦国武将の信長、秀吉、家康が天下を取ったのも、武士と忍者をうまくコントロールしてきたからです。この素質は中部・愛知エリアにいっぱいありますので、ぜひその素質を活かして、新しいものを立ち上げていってほしいと思います。
竹林 一 氏
オムロン株式会社シニアアドバイザー、京都大学経営管理大学院客員教授
オムロンに入社後、新規事業として鉄道カードシステム事業、モバイルサービス事業、電子マネー事業を立ち上げる。経営幹部として、オムロンソフトウエア株式会社(IT)、オムロン直方株式会社(OT)、ドコモ・ヘルスケア株式会社(データ活用)にて代表取締役社長を歴任。現在、オムロン株式会社イノベーション推進本部 シニアアドバイザー。一般社団法人 データ社会推進協議会理事/経団連 サプライチェーン委員会委員、DX タスクフォース委員会委員/京都大学経営管理大学院客員教授。著書『たった1 人からはじめるイノベーション入門』日本実業出版社