PLATFORUM
未来の社会を実現する公民連携による共創
「中部・愛知エリアの共創を加速する~REALIZE~」をテーマに開催したPLATFORUM。二人目のゲストスピーカーは、2017年に開催した第一回目のフォーラムにも登壇された河村昌美氏。連携創出の人材育成に取り組んでいる河村氏に、産官学連携の現場で見られる変化とこれからの社会について話してもらいました。
「公」と「民」が対話し、
新しい価値を生む公民連携
私はもともと横浜市で地方公務員をやっていまして、400 件ほどの公民連携事業に携わってきました。例えば、「GUNDAMFACTORY YOKOHAMA」にある高さ18 メートルの動くガンダム。モビルスーツに関する契約書を世界で初めて締結しました(笑)。これは、まちにお金がすごく落ちるプロジェクトになっています。今回は、未来に向けて社会・地域課題を解決する産官学の共創をテーマに私の視点からお話します。
私の仕事で皆さんが知っていると思う代表的なものは、横浜国際総合競技場「日産スタジアム」から始めたネーミングライツです。行政財産における日本初のネーミングライツの事例になります。当時、スタジアムの維持費に結構な市の予算が使われていて、それならアメリカの前例に倣って、スタジアムの名前を売ったらいいんじゃないかと。やってみたら、法律がアメリカと全然違うので本当に大変で、そのためにロースクールまで通いました。法律を勉強して、大学院の先生にも相談して実現させました。これが参考となって今では日本中で何百という自治体の施設がネーミングライツを導入しています。
他にも、福祉分野では税金を使わずに子供食堂を運営する仕組みを考えたり、ゴミの分別をAI のチャットボットで回答するシステムをつくったり、コンビニや企業で余った在庫商品を地域の困っている人たちに届けたり、そんな企業ビジネスと行政・地域の公民共創事業の実践やコーディネートを仕事として十数年もやってきました。
そして、やりたいことは大体やったので、40 代のうちに公務員を辞めて、今は事業構想大学院大学、産能大学などで公民共創や地方創生などのための事業構想を教えています。私がやっているのは、法人、あるいは大学といった「民」と役所などの公的機関「公」の対話によって、単体では解決できない社会・地域の問題に対して、新しい価値をつくって解決するということです。子供の問題・福祉・医療などもやりますし、ガンダムや横浜のみなとみらいでやったポケモンイベントのような、経済効果が高く、地域にお金が落ちる仕事もやります。
これらの事業は、どれもゼロから一人でつくるわけではありません。面白いことを考える「起」の人たちと一緒につくります。だから、僕は「起」の人と仲良くするって決めています。そうすると、例えば飲み会の場で共創事業が生まれる。いろんな人たちと仲よくなっておくことは重要です。ですから、今日この場に来ていることもすごく大事だと思います。
未来を知るために、既に起こったことの帰結を見る
私はこのフォーラムの第1 回目に登壇しました。それから7 年が経ち、共創の現場がどう変わってきたかという話をします。
中央大学名誉教授で、事業構想大学院大学でも教鞭を取っていただいている佐々木信夫教授が「日本行政学」という著書の中でこのようなことを示していらっしゃいます。「公的部門と、家族や非営利集団のような私的な民間部門、そして企業のような営利の民間部門、その3 つが重なり合っているのが社会。それらの重なり合う箇所が共創であり、重なる部分を増やしていかないと複雑な課題は解決できない」と。
皆さんそんなことは分かっていると思うんですけれど、それでもなかなか解決できない。なぜかというと、役所と民間で文化が違ったり、法律上の問題で連携しにくくなっているからです。国は連携を勧めるけれど、法律を変えないから難しいんです。
この7 年間の変化をみるにあたって、まず未来とはなんだろうという話をします。P・F ドラッカーは、「未来は知りえない。今日存在するものとも、今日予測するものとも違う」と言っています。その通りですよね。でもこれを分かっていない人がいます。「この計画でやってくれ」と上司が押し付けてきたりする。なぜか未来を勝手に決めつけているんです。
だけど、未来を知る得る方法は2 つだけあります。一つは、自分で創ること。これはちょっと難しいですが、「起」の人材ならできますね。もう一つは、既に起こったことの帰結を見ることです。例えば、人口動態や人口構造の数字を見る。だけど、みんな目をつむってしまいます。市場がどうのこうのと言うわりには日本の人口がどういう状態になっているかといったデータはあまり見ない。それは、未来が分かる方法を放棄しているということです。これは共創にすごく影響をします。
人口統計資料によると、日本人の平均年齢は今48 歳くらい。日本より年寄りの国はヨーロッパの特殊な小国などです。イギリスやアメリカでも39 歳とか40 歳くらいと、日本より10 歳近く若い。インドは29.7 歳です。こういう基礎データを知らないで市場がどうだと言っても勝てないですよね。
1990 年のバブル崩壊の頃から2020 年までの30 年。失われた30 年と言われている間に日本の人口構造はどう変化したか、皆さん知っていますか? 高齢者人口は240%増、若年人口は33%減。専業主婦世帯は36%も減っています。こういった未来を予測できる唯一のデータさえ分析せず、主婦向け商品とか言っていませんか? さらに、単独世帯は220%増。生涯未婚率は男性21%増、女性13%増です。基礎データを知らずに、未来を予測して社会・地域課題を解決するというのは、ちょっと残念ですね。
新しい日本のかたちをつくるための公民共創を
日本の国際競争力も見てみましょう。1990 年頃は米国を抜いて1 位でしたが、2021 年時点で31 位、2022 年に34 位まで落ちました。この先、もっと落ちていくでしょう。そういう状態の中で、実は国は政府の役割について、生きるためのセーフティーネットは担保しますが、それ以外は、財政的に人々のニーズを満たせられないから、これからは個人や企業などみんなが公共サービスに参加する方向性を目指すと言っています。
デジタル庁が2022 年に出した「デジタル社会の実現に向けた重点計画」では、政府だけが担う役割は安全保障、治安維持になっています。防災・健康・教育・こども・インフラ・港湾・モビリティ・農林水産業などは準公共分野といって、民間と行政で一緒にやることになっています。知っていましたか? いつの間にか国がこう言っているんですから、官も民もなく「一緒にやりましょう」という状態なんです。
ただし日本は、人口構造から見てもここ30 年であまりに変化してしまった。多くの自治体で顧問やアドバイザーなどをやっている先輩の研究者がいるんですが、その方が自治体の人に、「あなたのイメージする地域のあり方ってどんなものですか?」と聞くと、皆さん大体80 年代、90 年代のバブルの頃の様子を答えるそうです。でも、無理ですよね。あの頃の日本の平均年齢は30 歳代ですよ。今は48 歳です。同じように働いたり遊んだりしたら倒れてしまいますよね…。
今の日本は連携してやっていきましょうと言いながら、バブルの頃に戻ろうとしています。それはだめです。高齢者が増えて、若者が減って、未婚率は上がって、単身世帯は増えていくという予測できる未来をしっかり把握した上で、新しい日本のかたちをつくらないと。そのために解決するべき課題を、行政だけ、民間だけではできないから一緒になって知恵を絞って、新しいこと、誰もやったことがないことにチャレンジする。そういう公民連携、産官学の共創が必要なんです。
産官学連携の最近の動向と問題点とは!?
僕が2017 年にフォーラムに登壇したときから今までの動向を見てみると、産官学連携は着実に拡大しています。好事例も全国あちこちで見受けられるようになりました。ハード面では土地や建物の活用、ソフト面で言えば、デジタル等の先端技術活用が進んでいます。
一方であまりよくないところもあって、まず手段が目的化しているんです。連携協定を結んだけど何も起こらないとか。僕は全国の自治体に呼ばれて市長のところに行ったりするんですが、そうすると市長が、協定を結んでいる会社はたくさんあるけれど、何も進んでないと言うんです。人材の話で言うと、日本は転結の人材が多いから、かたちとして連携協定を結んでも、そこから何かを起こそう、生み出そうという人は少ないんです。もう一つは、実証実験が実装につながらない。この技術は使えるのか、安全なのかという技術実証はやるんだけど、お客さんが欲しがっているサービスなのかという顧客や事業の仮説検証をしながら事業構想していくという意識が薄いんです。
この間、ある地域で「オンデマンドバスを走らせる実験をやっているんだけど、利用が芳しくない」と言うので現地に行ったんです。そうしたら、チラシを配っているんだけど、そこに「AI オンデマンドバス」と書いているんですね。その字面を見た瞬間に、高齢者の方は自分とは関係ないって思いますよね。そういうことに気づかない。さらに、オンデマンドバスについて高齢者からのヒアリングも十分にしていないんです。いま話したところとは別の地域の地域交通の事例ですが、実際に高齢者にヒアリングしてみると、歩くのが大変だろうからオンデマンドバスが必要・便利だろうという事業を行う側の思い込みに反して、もっと歩きたいので道の途中にベンチを設置してほしい、目的があってバス乗るのだから目的となる催しなどのほうが知りたい、などといった高齢者のニーズも強くあることが分かりました。顧客の想いを置いてけぼりに事業を創ってしまう、こういうことは非常に多いですね。
イノベーションを起こすには、材料集めが肝心
今日は学生さんが多いので話したいのですが、「アイデアをつくる」ということは、世の中にある何かを新しく組み合わせることにすぎません。組み合わせを見つけ出す。これは覚えておいてください。イノベーションは既存知と既存知の新たな組み合わせです。異質なものと異質なものを組み合わせると、よりイノベーティブになります。
別の見方をしてみましょう。「イノベーションのジレンマ」という本を書いたハーバード・ビジネス・スクールの教授クレイトン・クリステンセン氏によると、イノベーションに必要なのは、関連づけ思考です。質問したり、観察したり、ネットワークをつくったり、実験したりと、人によって得意なことは違いますが、イノベーターはそれらを関連づける思考をもっています。そこで皆さんがやらなきゃいけないのは、材料を集めることなんです。勉強すること、いろいろなことを知ること、見に行くこと。材料がなかったら関連づけられません。だから学生、あるいは企業の皆さんは、材料集めをしてください。材料がないのに結びつけようとすると、効果の薄い組合せ、などといった先ほどのオンデマンドバスのようなことになってしまいます。
日本の人材競争力は、国力と同じでだいぶ下がっていて、2 年くらい前に中国に抜かれました。だからこそ、材料集めをやらないといけないんです。民間研究機関が調査したあるデータがあります。自分の成長を目的として行っている「勤務先以外での学習や自己研鑽」についてアジア諸国に聞いてみると、「何もしない」と回答した人は、アジア14 カ国の平均が13.3%なのに対して、なんと日本は46.3%。大人の2 人に1 人は勉強しないのが日本です。だから国際競争力が落ちるんです。日本人は社会人になってから世界一といっていいほど勉強しない。これは本当にショックです。昨年、同じデータをアジア以外の主要都市も含めて調査したそうですが、やはり「何もしない」と回答したのは世界主要都市の平均では18%でしたが、日本人はその約3倍の53%に増えていました。
ですので、皆さんこういう場に来て、いろんな人と知り合ったり、いろんな人と話をしてください。これも材料集めでもありますし、学びでもあります。異質な人と話をして何かを生み出すというのは、まさに産官学連携による共創のかたちです。産官学連携による共創はイノベーションを起こすためにとても重要です。名城大学がこれまでやってきた取り組みは素晴らしいですし、これからも続いていきますから、多くの皆さんに参加してほしいと思っています。
河村 昌美 氏
事業構想大学院大学 事業構想研究所、産業能率大学経営学部(兼任教員) 教授 法務博士(専門職)
横浜市役所入庁後、2004 年に庁内起業家制度(当時)により日本初の「広告・ネーミングライツ事業」に関する新規事業部門を設立し、同事業のビジネスモデルを構築。2008 年に新設された共創推進事業本部(現: 共創推進室)の設立メンバーとして、社会・地域課題解決に資する公民共創の新たな事業創出(数百件以上)に携わる。2019 年から事業構想大学院大学事業構想研究所客員教授を兼務。公民共創や地域活性化・地方創生などに関する新規事業構想プロジェクト研究を担当。2021
年4 月から現職。